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広島地方裁判所 昭和48年(ワ)66号 判決

原告

石田九六

右訴訟代理人

植山日二

外一名

被告

杉田利男

右訴訟代理人

岡田俊男

外一名

被告

広島市

右代表者

荒木武

右訴訟代理人

中川鼎

外二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

原告と被告らとの間に、原告が広島市比治山本町一〇三八番一〇の宅地五二四平方メートルのうち別紙図面の斜線部分350.23平方メートルの土地につき所有権を有することを確認する。

被告広島市は原告に対し右土地について所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁(被告両名共通)

主文同旨

三、請求原因

(一)  本件土地を含む広島市比治山本町一〇三八番一〇宅地(五二四平方メートル)一帯は戦中戦後にかけて国有地であつて広島特別都市計画事業部復興土地区画整理事業の施行区域内とされて同市皆実町五四ブロツク第八号宅地と呼称され、いわゆる保留地(現行土地区画整理法一〇〇条の二)として右事業の施行者たる広島市長の管理するところとなり、昭和三二年二月二七日に所在の異なる同市中島本町一〇五番地の二五七の土地(市有地)の仮換地として指定され(発表は昭和三一年一ママ月九日)、昭和四五年二月一四日にそのまま換地処分を受けて被告広島市(以下被告市ともいう)所有の本項冒頭の地番の土地となつた。他方当初の国有地については、昭和三六年七月に付近に仮換地が指定された。

(二)  被告杉田は土地区画整理事業の施行者として処分権限を有する広島市長より右皆実町五四ブロツク第八号宅地の払下を受け、払下代金未確定のため移転登記を経ないままで、その一部である本件土地を昭和二七年四月七日(東側八坪を除く部分)および同年八月(右八坪の部分)の二回に分け原告に対し代金二五万円にて売却し、代金支払、土地引渡を了した。原告への移転登記については右払下代金確定次第被告杉田への移転登記を経て分筆のうえ行なう約定であつた。

(三)  その後昭和三一年六月に至り広島市長が被告杉田への払下代金を一坪一万二〇〇〇円と定めて同被告あて通知してきたが、被告杉田は右代金を支払おうとせず、従つて原告への移転登記義務を履行しようとしない。そして右皆実町五四ブロツク第八号宅地については前記(一)のような仮換地指定、換地処分を経て被告市の所有地として登記がなされているが、被告両名は最近原告の被告杉田からの買受による所有権取得を否認し、所有権取得を望むならば、原告が払下代金の全部又は一部を支払うよう要求している。

(四)  仮に売買による原告の本件土地所有権取得が認められないとしても、原告は昭和二七年の右売買により本件土地を所有の意思をもつて平穏公然に占有するようになつたものであるから、これより二〇年を経過した昭和四七年四月七日(八坪を除く部分)および同年八月末日(八坪の部分)に時効完成により本件土地の所有権を取得したものである。

(五)  よつて原告は被告両名に対し本件土地につき所有権の確認を、被告市に対しては直接移転登記手続を求める。〈以下省略〉

理由

一請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二同(二)の主張(売買による所有取得)について。原告は昭和二六年当時本件土地について広島市長が処分権限を有していたことを前提とするのであるが、この点を肯定するに足る主張立証に乏しいのみならず、同年に広島市長から同杉田への払下がなされたことについては次の理由により到底認め難い。すなわち原告主張にそうかにみえる事実として〈証拠〉によれば、昭和二七年の被告杉田と原告との契約締結に先立つて原告および証人山崎が当時の復興局備付図面の本件土地を含む皆実町八四ブロツク第八号宅地の個所に被告杉田名の記入がなされていたのを見たこと、また被告杉田は右契約に際して右土地が自己の所有であることを前提とした記載のある契約書類を作成していることが各々認められる。しかし他方で〈証拠〉によれば、同被告は昭和二五年ころやはり土地区画整理事業区域内であつた市内上流川町において新聞社を経営しており、付近住民と共に右事業に伴なう立退反対運動をしていたが、最終的には右事業に協力して代替地を得て立退くことになり、被告市との話合いの結果当時保管地として広島市長の管理下にあつた皆実町五四ブロツク第八号宅地(すなわち本件宅地)を将来市有地となつた時点で有利な条件で払下を受けることとなり、まもなく右宅地に移転し、昭和二六年に原告との間に右宅地の一部である本件土地についての契約を締結したこと、その後本件土地について前記一認定の仮換地指定の発表がなされて将来市有地となることがほぼ確実となつた昭和三一年六月に広島市長より同杉田に対し払下価格を示して払下交渉に入つたが、価格の点で合意に達せず最終的には払下に至らなかつたことが認められるのであつて、右経過に照せば昭和二六年当時被告市においても皆実町五四ブロツク第八号宅地について将来被告杉田への払下を予定した図面を作成していたであろうこと、また同被告においても自己への払下を確信し既に自己所有地であるかのような意識でいたであろうことは充分に考えられ、前記の諸事実も右の程度の意味以上に出るものではないと解するのが相当である。

右のとおり本件土地に対する被告杉田の所有権取得が認められない以上、これを前提とする原告の同被告からの買受による所有権取得も認められない。

三同(四)の主張(時効による所有権取得)について。まず本件土地が中島本町の市有地の仮換地として指定されていた期間(すなわち昭和三二年二月二七日から昭和四五年二月一三日まで)の原告による本件土地の占有が、本件土地の時効取得の要件としての占有と評価され得るかについて検討する。

ある土地(従前の土地)について仮換地指定がなされた場合には、従前の土地の所有者はその土地につき使用収益権能を停止される反面仮換地につき同様の権能を取得するのであるから右所有権者は仮換地を占有することにより権利行使の外形を備え得るものであり、従つて従前の土地を時効取得しようとする者も同様に仮換地を占有することを要すると解すべきである(被告市の挙示する最高裁判例参照)。右の命題を本件についてみれば、本件土地の所有者は昭和四五年二月までは国であつたが昭和三二年二月に中島本町の市有地の仮換地とされてのちは国は本件土地につき使用収益権能を停止されて被告市が右権能を有するに至つたものであり、本件土地を時効取得するために必要な占有の対象は昭和三六年に至つて本件土地のために付近に指定された仮換地と解される。

これに対し原告は右昭和三二年の仮換地指定前においても本件土地は土地区画整理事業における保留地として施行者たる広島市長が管理権能(すなわち使用収益権能)を有していたのであるから、本件土地について使用収益権能を有する者は右仮換地指定の前後を通じて同一であり、このような場合には被告市の保護に欠けることにならず前記命題は適用されないと主張する。

右の場合に土地区画整理事業の施行者としての広場市長の権能と中島本町の土地の所有者としての被告市の権能とを同一視し得るかは疑問があるが、仮に同一であるとみても右のような主張はなお次のような難点がある。すなわちある土地の時効取得に必要な占有の対象たる土地は各々において客観的に定まつているべきであり、それは通常は当該土地そのものであるが仮換地指定がなされた場合には仮換地であると解されるのであつて、右のように仮換地指定がなされた場合の命題が少くとも一般的に正当であることは原告も争わない。そうであれば仮換地指定がなされた後の本件土地の占有は中島本町の土地の時効取得を可能にし、また本件土地の仮換地の占有は本件土地の時効取得を可能にすると解さざるを得ず、もしここに原告の主張を肯定するならば本件土地の占有によつて複数の土地の時効取得が可能となり、また本件土地を時効取得するためには複数いずれの土地の占有によるも可能であるという結論をも肯定せざるを得ないが、右の結論は時効取得制度における権利関係の客観性の要請に反するものであろう。

なるほど仮換地指定がなされた場合の前記命題の主たる根拠は右指定により使用収益権能を停止される従前の土地所有者(ないし使用収益権能)の保護ということにあるが、なお右の要請を考慮すべきであつて、右土地が同一の権利者の所有土地の仮換地に指定されたといういわば偶然の事情のみによつて原告の主張を肯定することはできない。

従つて昭和三二年二月二七日から昭和四五年二月一三日までの間の原告による本件土地の占有は、本件土地の時効取得の要件としての占有とは評価されないから、その余の点について判断するまでもなく時効取得の主張は理由がない。

四よつて本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (平湯真人)

〈図面省略〉

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